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喫話処

知らなくていいことを知ったかぶる為のブログ

ちょっと方向転換します

お久しぶりです、生きてます、リンです。

なんと71日ぶりの更新!逆にちゃんと戻ってきたのが偉いと思う!

 

ってわけで、久々の更新です。

今回は改めてこのブログについて。

 

なんとなく始めたくて始めたこのブログ、やっぱり方向性が定まってなくて、私もいろいろ考えてました。

ざっくり言うと、映画の感想とか考察してるだけならノートでいいし、せっかくネットにあげるなら誰かのためになることを書きたいなー、と。

 

まあ有名ブロガーになりたい!なんて思いはないし、私自身のちょっとした興味で始めたものだから深く考える必要もないんだけど、始めた以上クオリティを求めてしまうのが性なわけで・・・

 

結論から言うと、「映画を見たことのない人が話題についていくため」の記事を多くしていく予定。

やっぱり世の中多くの人が知っている映画ってのがあるわけで、見ておけばよかったって思う映画も意外と多くて、そういった作品について、トイレに行った3分で読めるような記事を書いていこうと思う。

そのついでに、映画だけじゃなくて小説だったり一般教養だったり、話題になることは多いのに話題についていけないものを、わかりやすく説明していこうかなー、なんて思いにたどり着いたわけです。

 

一方で、わかりやすさと読みやすさを重視した記事ばっかりだと遊ぼうにも遊べなくなるから、私が好きに遊べる日記や雑記も書いていこうと思ってて。

そっちはなるべく面白さ重視でいきたいから、遣う言葉も今までより少しラフな感じになっていくかも。

 

すごい雑な説明だけど、とりあえずそんな感じでまたブログを再開していくから、どういうことなのかは順々に理解していってください。

【ラスト・ベガス】とかいう人生の目標

こんにちは、ポーカーよりブラックジャック派のリンです。


今回はいきなり映画【ラスト・ベガス】の話。なんといってもこの映画、全シーンの豪華さがすごい。

ロバート・デ・ニーロマイケル・ダグラスモーガン・フリーマンケヴィン・クライン。映画好きならこのキャスティングだけで飛びつく顔ぶれだと思う。

そんな4人のおじいちゃん(失礼)たちが、ラスベガスでただただ童心に返ってはっちゃける映画。


序盤からいたるところに入る年寄りネタや一言一言は笑えるし、それぞれのテンポが良くて内容とは裏腹に会話は若い。

カジノで10万ドルを当てた彼らのやることなすこと全てを見て楽しむ映画だろう。


そう、見て楽しむ映画だ。

特に映画ファンの人たちには、ストーリーにはそんなに期待せずただ見て欲しい。


正直に言って話の内容は普通だし、この4人を起用して組ませるには少し物足りなさもある。いや、逆に言えば、このストーリーであってもこの4人だから楽しめたというのが正解だろう。

豪華な顔ぶれにストーリーや演技にも納得したければ、【アンタッチャブル】の方を見て欲しい。


しかし、だからといって何もつまらないわけではない。

さすがにこのキャスティングと内容からしてテーマを友情に絞って見てしまいがちだが、個人的にこの映画は〈愛〉の映画だと思う。



ザックリと説明しよう。

子供の頃から仲のよかった4人組だが、ビリーとパディの間には溝がある。理由は、パディの妻ソフィの葬式にビリーが参列しなかったから。ソフィも弔辞はビリーにお願いしたがっていたにも関わらず。

理由は過去にある。実はビリーもソフィのことが好きだった。そして二人のうちどっちを選ぶのか迫った日の夜、ソフィはビリーを選んでいた。しかしビリーはソフィに、「パディと一緒になれ」と言って譲っていたのだ。

物語の終盤、その事実をパディが知る。



今回4人が集まった理由は、ビリーが若い女の子と結婚するためだ。

そしてベガスで出会った女性に、またパディとビリーが同時に惹かれ、ビリーは昔と同じようにパディに譲ろうとする。

パディの方は、ビリーが本当に結婚相手のことを愛しているか確認する。


こんなお話。



この世の中に存在する恒久的な謎の一つに、「男女間の友情は成立するか」というものがある。この問題について考えるとき一番の問題になるのが、友情と恋愛感情の違いだろう。

私は、それら二つとも〈愛〉という枠に入る別の形だと思ってる。


この映画を見ると「自分を選んだ女性を友人の元に行かせることが友情なのか」という意見も出ると思うけど、それはもう友情の枠を超えた、愛と呼べる感情だったんじゃないだろうか。

一緒に騒げるとか、許す許さないとか、そんな目に見える事実とは別に、ビリーは本気でパディのことを考えていた。

ほかの3人が子供や妻に感じているような愛を、この4人はお互いにそれぞれ持っていたんだと思う。


しかし歳をとり死を意識するようになって、ハッキリとわかる女性に対する愛というものを求めたビリーは、本当に愛してるかどうかもわからない女性との結婚を決める。


その感情を指摘したパディの行為も、ビリーに対する愛だろう。


自分よりも大切な人がいる。

それが同性だろうと異性だろうと、その尊さは変わらないと思う。



妻にベガス滞在中の浮気を許されたサムが若い女の子とベッドインする際に言った台詞は美しい。

「君と寝られることは最高だけど、40年間、良かったことは全て妻に話してきた。だから、それを妻に話せなければ、それは最高なことじゃなくなるんだ。」


こんなことを思える人と結婚し、あんな馬鹿騒ぎができる友人をもつ。なんと素晴らしい人生だろう。


ビリーとパディのわだかまりも、真実を話せなかったことによるものだ。

ビリーの発した「若かったんだ」という台詞は、女性を譲る行為そのものだけに対する台詞じゃないだろう。



さて、途中で私のしょうもない恋愛談を混じえようかと思っていたのに忘れてしまった。


いくつかの記事を書いたけど、まだ書き方や内容に統一性がない気がする。

そろそろ方向性を固めてもう少し面白い記事にしていくので、これからもよろしくお願いします。




まとめ

・自分より大切な人がいることは美しい

ロバート・デ・ニーロ最高

【グランド・イリュージョン】見たら童心に返った

こんにちは、最近アメリカドラマにはまってるリンです。サイモン・ベイカーカッコよすぎます。


さて、ちょっと前にTwitterのプロモーションでもよく流れてた【グランド・イリュージョン  見破られたトリック】がそろそろ公開ということで、Amazonプライムさんが前作を無料視聴できるようにしてくれた。

私はAmazonを買い物で使うことはほとんど無いけど、プライムビデオはほぼ毎日のようにお世話になってます。ありがたい。



ところで、「マジックができるようになりたい」という願いは、多くの人が子供の頃に抱いたんじゃないだろうか。

トランプを華麗に操り、相手の心を見透かしたように笑って、見ている人を驚かせる。一般的な手品であっても、魅せ方が素晴らしければ魔法のような美しさ。


かく言う私も、中学生の頃にマジックにハマった一人。

図書館の棚の端から端まで読破しようとしてた私は、囲碁や将棋の本の後に手品の本に出会った。誰でも簡単にできるトランプマジックの種明かし本から中世におけるマジックの歴史まで読み、様々な仕掛けを考える人間の探究心に感動した。


そして東急ハンズのマジックコーナーで繋がったり外れたりする銀の輪っかを買い、そこに切れ込みがあることを知り、「テクニックが全て」という一言を1時間かけて説明するDVDを見たときに、お小遣いはもっと有意義に使おうということを学んだ。


子供の頃って、どうしてああいったモノに惹かれるんだろう。自分がそれを有意義に使えるかどうかは関係なく、持ってること自体に満足するあの感覚。

通行量を調べるときに使うカチカチ押すカウンターとか、笛がついたレーザーポインターとか、めちゃくちゃ滑りがいいトランプとか。


それが何の意味を持つかなんて考えず、ただそこにあるそのモノ自体を楽しむ感覚。


この映画は、そんな素直な感覚を存分に満足させてくれる作品だった。



ストーリーはいたって単純。

凄腕の手品師やメンタリスト4人が招集され、チームを組んで犯罪に挑戦。それを刑事が追っていく、いわゆるクライムアクションのような感じかな。


最初にそれぞれがどんな人かを見せるシーンは、オーシャンズシリーズから全部好き。あのワクワク感はたまらない。

あ、オーシャンズの話を出すと面倒なので先に言うけど、12の話はしなくていい。


集められた4人の目的は、最高のマジシャンたちの集う秘密結社(?)の〈THE EYE〉に認められること。そこから出される課題をこなせばメンバーの一員になれると。

まぁつまり、パリから大金を盗んだり、自分たちのパトロンを騙して財産を奪ったり、それらも全部秘密結社からの指令なわけで。

しかも、盗んだ先の銀行やパトロンの持ってた保険会社などが、全てかつて脱出マジックによって命を落とした一人のマジシャンに繋がっていく。


こうなると、彼ら4人を招待した人物はそのマジシャンに関係していて、その事故のことで恨みを抱いている人物だとわかる。

じゃあそれは誰?って話。


一方で、彼らを追うFBI側。

捜査主任のディランと、なぜかインターポールから協力に現れた新米のアルマ。彼らの捜査を手伝いつつ高みの見物をする、マジシャンの種明かしを仕事にしていたサディアス。


なんやなんやでみんな怪しい。

作中でハッキリと述べられるミスリード的にはアルマが怪しく、サディアスはかつての有名マジシャンの種明かしをした人だから、逆に恨みを抱かれる人物。そして、観客を驚かそうとするどんでん返しが予測される展開。


まぁその時点で黒幕はディランだし実際そうなんだけど、それが予想できたからなんなんだって思うくらい作中のマジックが全部見事で素晴らしい。


次に何をやってくれるのか、どうやったのか。観客の希望を裏切りつつ期待に応える彼らの活躍は、映画自体がまるで手品のよう。

これがマジックの本質だと言わんばかりの、謎から始まり答え合わせをしつつなぞで終わる展開。なんとも嬉しいモヤモヤが残る作日だった。



私たちはいつからか、映画の監督名を見るようになった。キャストにも詳しくなった。

今まで見た映画と比べたり、自分の中で順位を付けたり、何が言いたかったのかを考えたり。


それは楽しいことだし、大人になってより深く映画を理解できるようになった証明だと思う。

一方で、前評判や予告だけで見る見ないを決めたり、見た後に「これなら仕事してれば良かった」と愚痴ったりするようにもなった。


そこに表される主張やメッセージを読み取ったり、意味の有る無しを自分の生活に当てはめるのは、よほど暇な時間にすればいいと思う。私みたいに。


ときには小学生にとってのシャーペンのように、ただそれを見るという行為を楽しみ、わからないことは考えず、その実用性に左右されず、そのときそのことだけに心から入り込むことも必要なんじゃないだろうか。



まとめ

・娯楽はただただ楽しむことが大事

・でも市販の手品グッズには結構ガッカリする

私とジャンプと【ONE PIECE FILM GOLD】

こんにちは、最近1日1時間は姪っ子の写真にニヤけてるリンです。


突然だけど、私と週刊少年ジャンプとの付き合いは長い。片方が恋愛感情を抱いても結局報われない幼馴染くらい長い。


その出会いは小学生の頃。

兄に「ちょっとジャンプ買ってこい」と言われ、渡された220円を握りしめ、土曜日に発売していたちょっと遠いスーパーまで行かされたときのことだ。

当時の私はジャンプとフライデーの違いもわからず、兄の部屋にあった漫画と同じ人が載ってる雑誌を探し、読みにくい〈ジャンプ〉の文字を確認し、何度も何度も確かめながらレジに行き、「230円です」と言われた。


あれ?と。ちょっと待て、と。

私は220円と聞いてきたし、自分のお小遣いなんて持ってきてない。手元には100円玉1枚と50円玉1枚と10円玉7枚という訳わからん内訳の小銭しかない。

また来るのも面倒臭いし買って帰らなきゃ兄に怒られそうだし、私は泣きそうになりながら人生初の値段交渉をすることになった。


もうすぐ死んじゃうお母さんが「最後にジャンプが読みたい…」と言ったのを聞いて買いに来た悲劇の少女ばりにお願いする私に、その40代くらいの学生のときはモテたであろう黒木瞳みたいな店員は、「合併号だから…」としか言わなかった。


結果、一度帰って兄から念のため500円玉をもらい、もう一度自転車を走らせ、黒木瞳からジャンプをもぎ取りながら最早泣いていた私は、「これだけ苦労したんだから」という意地のみでそのジャンプを読んだ。

しかしすべての作品が全くわからず家にある兄の漫画を初めから読み始めた私は、数ヶ月後にはいっちょまえに藍染の裏切りに衝撃を受けていた。


ちなみに当時連載していた【いちご100%】を読んだ私は、兄のことを変態だと思った。

その後兄の持っていた【エアギア】を開いた私は、兄のことを変態だと確信した。


こうして出会ったジャンプ、また漫画というもの自体に惹かれた私は、いつしか兄より早くジャンプを買うようになり、中学校では男友達にあらゆる漫画を借り、中二の時の担任(女)の「シーザーの良さがわからないうちはまだまだ子供」という言葉を胸に生きていくことになる。



こんなに長々と自分の昔話をして何が言いたいかというと、そんな読み切りも10週漫画も全て読んできた私が一人でワンピースの映画を観に行くことは何ら変なことではなく、ジャンプに対する愛情表現の一つに過ぎないということだ。


ってわけで、本題。ネタバレあり。



ゴルゴルの実とかいう金を操るテゾーロが支配するギャンブルの島(船)で、ラキラキの実とかいう幸運を操るバカラたちにまぁいいようにされて借金負わされてゾロを人質に取られて、でもまぁ結局勝つ話。


サボが出てきて海軍と戦ってたり、その相手がCP0になったルッチだったり、革命軍の一人レイズ・マックスとかいう出オチキャラが身体張ったり、「子供向けってこういうことか」と思う23歳の自分が悲しい。

あと、昔ナミの商売敵で実は優しい泥棒のカリーナとか、テゾーロは昔天竜人の奴隷で、恋人を助けられなかったせいで金に固執するようになったとか、そういうちょっとした過去話の回想入れるの尾田さん好きすぎ。


そもそも海賊じゃないテゾーロがルフィたちを支配下におく必要もないし、強い海賊たちがどう立ち向かうかみたいなショーの存在意義もわからない。せめてテゾーロがそういう性格の悪い畜生ならまだ納得もできるが、そこで入る実はいい奴だった過去回想。尺余ってたのかなぁ。


「お互いに相手の裏をかいてたぜ!」みたいなのもいいんだけど、だったらパイプ一本付け替えるだけで自分の負けがほぼ決まる部屋に案内しちゃダメでしょ、とか、せめてその部屋にもっと確実に倒せる対策しとこうよ、とか。

あと、バカラはウソップの安易な作戦で倒すんじゃなくてナミと戦わせてほしかった。

テゾーロはルフィが結局ギア4使ってギリギリ勝つ感じだし、サボとコアラたち消えてるし、ストーリーは完全に映画仕様。


なんていろいろ書いたけど、戦闘シーンはさすがワンピース。テンションはやっぱり上がるし、それまで人質として街の子供より出番がなかったことがどうでも良くなるくらいゾロかっこいい。

懸賞金が原作側でドフラミンゴ倒したあとの金額になってたから、ギア4だけじゃなくてそれぞれのキャラの強技も使って欲しかったけど、それでも十分ただただ楽しくなる戦いだった。


やっぱり有名作品の恒例映画としては、細かい作り込みよりも〈みんなの好きなキャラがみんなの盛り上がることをする〉っていうのが一番大切だと思うから、そういう意味でワンピース映画にもうよほどの失敗作はできないんじゃないかなぁ。


贔屓目しかない感想だけど、そんな感じ!

何もすることなくて頭働かせたくなくて、ただ元気になりたい暇な夜にビールでも飲みながら部屋で見るのにはオススメです(笑)



まとめ

・合併号はちょっと高い

・シーザーの良さがわからないのは子供

【君の名は】とTOHOキャラクターズバトル

こんにちは、生まれ変わったら東京のイケメン男子になりたいリンです。


映画【君の名は】、興行収入100億いきましたね。

CMもかなりの数で、今日本人の頭の中で思わず再生される曲No.1は【前前々世】だと思う。


そんな超絶ヒット作、私ももちろん一人で観に行きましたよ。えぇ、一人で。

平日朝一にも関わらず何故か風船を持った女子高生たちに囲まれてエレベーターに乗り、腕時計や携帯を気にすることで「待ち合わせ時間過ぎちゃってるけど大丈夫かなぁ」感を全面に出しつつ、発券機では前後カップルに挟まれるという屈辱に打ち勝ち、茹でる前のパスタのように折れたらどっかに飛んでいきそうな心で観てきました。


入口でチケットを回収するお兄さんの「楽しんでください」まではなんとか耐えたのに、翌日朝一の【ONE PIECE FILM GOLD】も同じお兄さんで私の心は折れた。

せめて真ん中のいい席とかじゃなくて、一番後ろの隅っこっていうおしとやかさを出しとくんだった。


さて、あまりに過去の回想を入れたすぎて最終的に【メメント】みたいな作品を作るんじゃないかという尾田先生への愚痴は置いといて、本題。


結論から言うと、私はこの作品、ある種一つの終着点だと思った。以下ネタバレ含みます。



夢の中で他人の人生を送ったとか思ってたら、実在する相手と入れ替わってた男女。

いろいろあるけど突然入れ替わりがなくなって、会いに行ったら女の子の方は3年前に死んでたよ。でも彗星の衝突っていう事故が原因だから助けられるよ。って話。


〈同じ時代だと思ってたら実は時間軸が違ってた〉みたいな展開は、正直そんなに衝撃的じゃないというか、まぁそうだよね、というか。

アニメ【絶園のテンペスト】を見てた私にそんな死角はない。というかむしろそっちを見て欲しい。3年とかいうレベルじゃないから。


彗星が欠けて破片が衝突、っていう設定は素晴らしいよね。

入れ替わりとかタイムスリップみたいなファンタジックな話に病気とか交通事故とかだとチープになるし、たぶん交通事故レベルだと【タイムマシン】みたいに運命の矯正力が働いて救えなくなる。かと言ってパッと考えられるような設定じゃない。

何より、美しさが鳥肌立つくらい完全に芸術作品だった。

RADWIMPSの音楽も綺麗に入り込んでて、最初から最後まで澄み切った画と音楽の清涼感がストーリーにピッタリで、もっと見ていたくなるような美しさ。


強いて気になったところを挙げるなら、逆に音楽の主張が強すぎるくらいの箇所があった所かなぁ。

私はかつてRADWIMPS小田和正しか聞かない時期があったくらいRADWIMPS好きだけど、それでももう少し控えてくれ!って思ってしまった。特にED。


やっぱりどうしても【秒速5センチメートル】が頭の中にあって、最後ここまできて秒速オチかよおぉぉ!!って不安が15%くらいあってヤキモキしちゃってる最中に野田さんが気持ち良くなってて、ちょっとだけ頭が映画から離れちゃったのが残念。

でも最後振り返って声かけた瀧くんグッジョブ!あの嬉しそうな三葉ちゃんの顔だけで観客は満足です。


あ、世の中の男性諸君が「君とどこかで…」ってナンパしても「あ、はぁ…」としか返ってこないんで気を付けてください。



なんだかんだで大衆ウケするエンディングになったな、と一安心。やっぱり個々の好き嫌いとか質の良し悪しは別にして、大衆にウケるものってのは存在すると思う。


それに比べて今期のキャラクターズバトル、なんだあれは。

貝社員を初めて見たときは「これは絶対に流行る」って確信めいた魅力を感じたのに、〈 阿吽建設とかいうどの層に向けてるかもわからずイマイチ会話のテンポも悪い〈昨日居酒屋でした話〉みたいなアレは、まさに大衆ウケしないネタの典型じゃないだろうか。

ラップの家族みたいな勢いで持ってく系は嫌いじゃないけど、それならもっと勢いつけた上でのカットアウト的なオチで良かったかと。某掲示板の有名なラップネタを何回見ても笑える人たちにはウケそう。



DVDやBDで今後も売上を伸ばすだろう【君の名は】と、一躍超有名監督になった新海誠監督。今後の作品にさらに期待するよりも、今作の感動の余韻に当分浸っていたいと思える傑作だった。

テレビの注意書き云々には反するが、家で今作のDVDを見るときは、ぜひ部屋を真っ暗にして5.1ch設備を整え、遠すぎない距離で隅々まで楽しんでほしい。



まとめ

・【君の名は】はアニメ映画史に残る名作

・【貝社員】も私の心に残り続ける名作


映画【シン・ゴジラ】を考察しすぎてみた(後編)

こんにちは、種族値高いけど個体値ひくいタイプのリンです。

 

前回の記事では考察までたどり着かずすみません。タイトル詐欺ですね。反省します。

 

rinblog.hatenablog.com

 

 

そんなわけで今回はしっかり真面目にシン・ゴジラの考察です。映画鑑賞後、吉祥寺の居酒屋で日本酒を飲みながら一人でボンヤリ考え続けた意見です。途中から考えること自体が楽しくなってきた個人的な感想なので、ぜひ違う意見やツッコミ等、コメントで待ってます!

 

※以下ネタバレ満載なので、まだ見ていない人はご注意下さい。

 

 

 

1.ゴジラとは何か

2.政府の対応

3.牧博士とは何者か

4.ゴジラの生態

5.最後のシーンの意図

6.まとめ

 

思ったより長くなったので、最後のまとめの箇所を読むだけで十分です。

 

 

1.ゴジラとは何か

 

突如として東京湾に現れて、進化をしつつ消えては現れ、関東圏に被害をもたらしたゴジラ。この作品はそのゴジラとどう立ち向かうか、って話なわけだけど、果たしてそもそもコイツなんなの?と。

なんでもねぇよただのそういう設定のファンタジーだよ、って言う人もいるとは思うけど、全体を通してのメッセージ性の強さを考えると、それだけでは済ませたくない。

 

ゴジラが現れたことに対する人間のパニックは、その巨体による被害よりもそこから放出される放射線が大きな原因だった。

災害と位置付けられるあれだけの巨体、それも未確認生物の放射能で対策に追われる様を見れば、考察とか関係なく3.11やヒロシマナガサキを想起してしまうのが日本人だと思う。

さらには自衛隊のほとんどの武器が通らない皮膚に、超遠距離型ビーム、ガスを放出してからの火炎放射。活動停止中も近付くモノを無作為に破壊するチート能力。

あの絶望感は初代ゴジラを超えるほど凄まじい。

 

そんな、圧倒的で「人智を超えた」力を持つ兵器。これが前提としてのゴジラだ。

 

2.政府の対応

 

政府の後手後手で見当外れな認識に、緊急時においても形式を重んじ責任は転嫁し前例にすがる体制は、途中から素直に笑えなくなるほど皮肉な描写だった。

首相を始めとする各官僚の会見での説明は曖昧で流動的で、断言する内容に根拠はなく、これも同じく例の時期を思い出す。

ネット上のSNS等の情報が政府の認識を上回る様子は、ただ現代を描写しただけにしては懐かしい。

 

3.牧博士とは何者か

 

そろそろ本題に入っていこう。

7年前からゴジラの出現を予想し、最初にゴジラが出現した東京湾に浮かぶボートの中に靴とゴジラの生態についての暗号化した情報、それを解くヒントを残して消えた牧博士とは何者なのか。

 

作中で彼について述べられる情報は上記のほかに、〈放射能によって妻や子供を失い、核実験を繰り返す人間を恨んでいるかも知れない〉ということだ。

また、初めてゴジラが出現した際に爆発が起きたことを考えると、

1.そのとき突然ゴジラが出現した

2.それまでそこにいたゴジラが活動を開始した

のどちらかということになる。その場所で博士が消えていたのであれば、

1.博士が何らかの理由でゴジラになった

2.博士の行動がゴジラを生み出すトリガーとなった

のどちらかと考えるのが妥当だろう。

 

そして、船内に残された宮沢賢治の詩集【春と修羅】。

詳しい説明は長くなるので端折るが、読んだことがある人ならば、この詩集の意味するところが前者の結論であると思うだろう。

 

私の中での結論は、牧博士が独自にゴジラの研究を続け、そのデータを暗号として残して自らゴジラとなり、日本に上陸した、というものだ。

理由は作中で述べられている通り、人間への挑戦、というより”提議”だったと思う。

 

4.ゴジラの生態

 

ゴジラは進化する。

それも最初の進化は、大量の血液のようなものを流したあとに。

そして上述した対処のできないほど圧倒的な力。最終的にゴジラを倒すために核兵器を用いることが全世界の決定としてくだる。

通常の武器が効かず対抗手段は核しかなく、放射線を撒き散らす巨大生物。これってもう、ゴジラ自体が核兵器だと言えるんじゃないか。実際体内で核融合によってエネルギーを作り上げているわけだし。

 

ちょっと話を変えて、結果的に作中で行われたゴジラの凍結作戦について。

これは、

・体内で核融合を起こしているゴジラは、必ず冷却機能も備えている。

・それは血液の循環によって行われていることがわかった

・だから血液凝固剤を使ってその機能を止めよう

というものだ。

この途中で問題となったのは牧博士の残したデータで、それによるとゴジラは元素を作り変えて自分のエネルギーにすることができるかも知れないこと。これにより、凍結するための薬を注入したところでその成分元素を変化され無意味に終わる可能性がある、という問題だった。

しかし調べた結果、そのデータはゴジラの細胞に住む微生物のもので、その微生物がゴジラの細胞の働きを抑制する物質を出しているということだった(より細かい説明は難しい…)。

 

ゴジラ核融合による莫大なエネルギーを生み出し放射線を撒き散らしてるが、その細胞に済む微生物は多少なりともその働きを抑制できる、と。ふむふむ。その微生物ってなんだろうなぁ、と思うのは深読みしすぎかな(笑)

 

5.最後のシーンの意図

 

ゴジラの凍結が完了し、物語の終わりのシーン。

ゴジラ本体にクローズアップしていき尻尾の先にカメラが向くと、そこには確かに人の形をした”何か”があった。

それはまるでロダン地獄の門のような、原爆被害者を描いたときのような、溶けて苦しんでくっついたような、なんとも言えない不気味な姿。

個人的には、ネウロに出てきた【最後の自分像】っていうのが一番しっくりくる。

 

ここまで読んでくれた人には伝わってるかも知れないが、私はゴジラ核兵器として認識している。生み出した人類さえも手のつけられない人類史上最悪の兵器。

それを作り上げている、構成している要素は、苦しんだ人間である。

 

正直ゴジラの次の形態とか絡めた考えもあるけど、人々の犠牲の上に誕生したのがゴジラだった、というメッセージとして受け取るのが今の私の結論。

 

6.まとめ

 

人類はこれまでの歴史で様々な戦争を経験し、多くの血を流してきた。そしてその犠牲と哀しみの上に、ついには当の人類にも対処できない、核兵器というものを生み出してしまった。

それには破壊という目的しかなく、その対象は無差別。生み出すエネルギーは莫大で、そして、それは消滅させることができない。対抗するには同じ核兵器を用いるか、そのものを凍結させるか。

 

人類は、凍結させることにした。無くすことはできないので、活動を止め、管理することにした。

しかし次にまたいつ動き出すかわからない。そして、次は問答無用で核兵器による対抗になることが決定しており、そのカウントダウンもただただ今は止まっているだけである。

 

恐怖や破滅をもたらすその兵器。それを生み出したのは、人びとの犠牲や哀しみだったのに。

 

私の考察はこんな感じ。

これは牧博士が犠牲の上に尚核実験をやめない世界に投げかけた問題であり、そのまま作品が観客に投げかけてきた問いかな、と。

観てる途中から「メッセージ性強いなー」と思ってたから自分の中の問題にすり合わせちゃった部分はあるけど、逆に私はこれ以外の解釈ができなかった。

 

無駄な文が多くてかなり長くなったけど、ちゃんと読んでくれた方、ありがとうございます。

ほかの作品の感想はもっと短くなるはずです。

 

 

まとめ

・核問題ちょっと考えよう

・長い真面目な文章はつまらない

 

映画【シン・ゴジラ】を考察しすぎてみた(前編)

こんにちは、「防御力低そうだよね」って良く言われるリンです。

 

さて、2016年の超話題作【シン・ゴジラ】、久しぶりにゆっくりいろいろ考えられる映画に出会った。

本当は公開してすぐ観に行くつもりだったけど、嬉しいことに映画好きの友人からお誘いを受けて計3人で観に行くことに。

たった3人でも予定を合わせるのが大変になってることに月日の流れを感じつつ、なんとか9月の初週に行ってきました!

 

電車の中で錦織君の試合を見てるおばさんの携帯を盗み見しながら、朝一の回にも関わらず待ち合わせの1時間半前に着く快挙を成し遂げ、カフェで朝食。なんでカフェってあんなに落ち着くんだろう…

 

その後「ちょっと遅れるから本屋でnonno買っといてー」という友人のおつかいをこなしてから新宿ピカデリーに到着。

チケットを発券したまま流れるような動きでドリンクカウンターで迷わずビール。朝からビール飲みながら映画観られるって幸せすぎる。毎日やりたい。

 

予約の時点でほぼ満席だったから、席は中段の一番左端3席。私の右隣は女子大生2人組。

静かにポップコーン食べながら上映開始を待ってるその子達とは仲良くなれそう!とか思ったけど、ビール飲みながらエヴァの話してる友人2人を見て話しかけるのはやめておいた。

 

さて、本題の映画について。

個人の好き嫌いは別にして、あの映画を微妙だったと言うのは「好きな映画は恋空です」系の人くらいじゃないかな。

ストーリー展開や状況描写は観客の注意を離さず、かと言って考えさせる余裕を与えないわけでもないスピードで、作品全体の統一感が素晴らしい。

あ、ネタバレしない程度に簡単に話を説明すると、

 

理由とかわからんけど突然なんか怪物が現れた!けど多分そんなに危険じゃないから普通に倒そ……いや、やっぱり危険だ!結構危険だ!あと名前は”ゴジラ”だ!

全力出して倒す!でも一般市民に被害出るからやっぱりやめる!あ、やっぱり本気出す!日本の本気を見せてや……ったのに倒せない!やばい!とりあえず倒せないからそのまま固めちゃえ!

 

みたいな感じです、はい。適当です。

ゴジラを倒す〉という戦闘とかゴジラそのものよりも、どう対応してどう動くかという人間の言動が中心だったかなぁ。キャスティングは最高。

 

私は中学生時代にウルトラマン80の主題歌に勇気をもらってから特撮も見るようになった人間だから、〈無人在来線型爆弾〉とかすごいクスッとしたし盛り上がったけど、普通の女の子はどうなんだろう。男の人は年齢関係なく好きそうだけど。

 

何故か長くなって考察まで辿り着かなかったから、後編に続く!

後編はネタバレ盛りだくさんで、真面目に書きます!

 

rinblog.hatenablog.com

 

 

まとめ。

・朝からビールは至高

ウルトラマン80の主題歌は勇気をくれる